なんとなくアタラクシア

平穏でなんでもない毎日の記録

持ち物は減ったが、それ以上に欲が減ったのでミニマリストが遠ざかった話

※イメージ図。私の部屋ではありません

ミニマリストという暮らし方が一定の周知を得てから、どれくらいが経っただろうか。

 

実家、祖母宅共にゴミ屋敷一歩手前だった私も、例に漏れずミニマリストの概念には衝撃を受け、そして物を減らしまくった過去がある。

 

その結果どうなったかというと、確かに生活は楽になった。

なったんだけれど、ミニマリストにはなれなかった話をしようと思う。

 

 

物を減らしたら物欲が減りすぎた

数年かけて持ち物を減らした。

その間にライフスタイルも大きく変化し、価値観も多少は変わってきた。

 

その結果どうなったかというと、とことん物欲が減った。

 

最近は、白米と味噌汁と水があればそれで満足である。少し果物が食べられたら万歳だ。毎シーズンとりあえず服を買うこともなくなり、寒くなくて暑くなければそれでいい。あとは静かに眠れて、図書館とインターネットが使えれば満足である。

 

私にとってのミニマルな暮らしはこの程度である。

それで十分に幸せを感じて毎日暮らせる自信がある。

 

 

幸せのハードルが低すぎて仙人みたいになる

幸せのハードルが下がりに下がった結果、「自分にとっての最小限の持ち物」がもはや仙人クラスにまで下がってしまった。

 

流石にアラサーで仙人になる覚悟はないので、ミニマリストを目指して物を減らして、大量の物を減らすことには成功したが、ミニマリストは遠ざかってしまった。

 

 

まぁそもそも、ミニマリストになることが目的ではなくて、生活を楽にしたかっただけなので万事休す、結果オーライである。

 

今日もほんのちょっとの家事をして、残りの時間はのんびりしていた。

着実に仙人への道を進んでいる気がする。わはは。